この拠点に職場が移ってきたのはいつごろだろう。思い返してみたが、年数とセットになったその頃のイベントに厦門当たらず、分からない。移ってきた頃はまだデザインの前線に居て、某製薬会社だったり某建材メーカーだったりの品目をやっていた。まちがいなく21世紀にはなっていたが、若い方の2千年台だったとおもう。
この拠点はもともと別の事業部(IT誕生とともに衰退)の本拠地だった。そこを更地にして建て直したのがこのビルだった。入居時はきれいな作りに感激したが、思いのほか建付けがうすく、あの東日本大震災のときの揺れでそこら中の壁に亀裂が走ったりしていた。その震災後は節電を建前にした経費削減で空調が抑えられ、夏あつく冬さむく、昼休憩は真っ暗に消灯された。ビル内につくられた食堂は、噂では家賃が高いとかでその費用がメニューに転嫁されていたらしく、金額においても味においても魅力がうすかった。食器の裏に貼り付けられたICタグで、お盆ごと精算機に乗せると金額が表示される自動生産システムは目新しかったが、それも3回体験すればもう空気のように見えない存在になってしまった。駅前までゆけば繁華街もあって選択肢に困ることはなかったが、社ビル近隣はほぼ住宅街で、飲食店は少なかった。比較的よく通ったのは刺身定食がうまい和定食やコロナ禍で閉店してしまった沖縄料理、同僚が関東一うまいと絶賛していた刀削麺、あとはインドカレー店くらい。はじめの頃は仲の良かった同世代の同僚と連れて食べに行くことが多かったが異動やなにかでバラバラになってからは独りで食べに行くようになった。そうなってからはカレー屋が多く、豆カレー(辛さ普通)+ナン2枚+ラッシーというのがMY定番となった。
引越作業は業界最大手の某通運が担ってくださっていて、高く完成された合理的システムに従って、箱詰め&ラベルをペタペタ貼ってく作業でそこらへんに山積みにしておけば、転居先のビルのだいたいの番地にしっかり届けてくれることになっているので安心&楽ちん。ビルの正面に置かれていたバカでかい象徴オブジェもすっかり運び出されて無くなり、今日あたりはビル全体がゴーストタウン化してさみしい。